efplan -1級建築士事務所-
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記憶の岸辺の旅

  これは江別の鯉のぼり
これは江別の鯉のぼり
 

子供の日は終わってしまいましたが、毎年江別駅近くの川の上には何十匹と鯉のぼりがかかっていたり、274号線沿いの重機やさんのところの物凄い高さのクレーン車にかかる鯉のぼりも毎年目に入る。

私も小さい時、小学校の低学年くらいの時でしょうか。うちも鯉のぼり、立ててくれ!と親に頼んだことがあります。私は兄たちが上に3人もいて、すでにそんなもの興味もないくらいに歳になっているので、そういう子供向けイベントが一切なく、そういう子供っぽい行事、いや扱いに飢えていたんだと思います。
そしたら、親がというか、うちブロック屋だったので、その従業員の人が倉庫の奥から出して立ててくれたんです。
それがまた年代物の、あの当時でも、ちょっとこれは…という鯉のぼりで。色もかなりくすんでいて、がちがちの綿素材。ポールもピカピカのアルミとかステンレスとかじゃなく、木。それも足場に使うような太めの古い木。てっぺんでくるくる風車みたいなのもないし、
たなびくような軽さもなく、黄ばんだ3匹。
友達が来ても、見せられないような鯉のぼり。なんだかすごい凹んだのを覚えています。
あー頼むんじゃなかった、と心にしみて、その一年でもう鯉のぼりのことを言うことはやめました。

このことは心にずっと残ったまま。毎年鯉のぼりを見るたびに思い出す。
よそにはなかなかない年季の入った鯉のぼり。そんなものがあるということ、それだけ歴史のある家だった、ということでもあるし、超忙しかった親が私のいうことをとりあえず聞いてくれたことも何か感じます。
でも文句も言えず。
それは子供ながらに気持ちは見えたから。


遺伝か血筋か、私が親になって、息子が鯉のぼり立ててと言っても、都会のマンションのベランダ用の小さいやつを母が庭にさしてあげたくらいで。
今思えば、あの黄ばんだ鯉のぼりをガチで立てたらよかった。木の竿で。

最近は本当にオシャレになりすぎちゃいませんか。
カッコいい最新のベビーカーで、子供に親と同じColumbiaのフリース着させて、週末森フェスにサングラスかけて、JEEPで遠出。
古いもの使ってます、とか言ってもアンティークとか古民家とかひとくせあるものが多くて。
もっと泥のついたナマのもの、が優しさを生む。それはモノの話だけでなくて、気持ちもですよ。それもこの前と同じ「層」になります。

苦さと温かさはセットで体に入ってくる。

思いやり、というのはそういうことでしか育めないと思う。

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